福田繁雄の残した功績。
komaki (2009年1月25日 11:01)
2009年1月11日、くも膜下出血で倒れ、急逝しました。
最後にお会いしたのは、沖縄平和賞の授賞式に来沖された昨年11月7日。
福田繁雄と沖縄平和賞のつながりは、トロフィーをデザインしたことがきっかけ。
JAGDA沖縄地区のメンバーで集まりブセナテラスで食事会を開いたのでした。
今後、いつこうして会えるか分からないというのもあって、必死で話に耳を傾けたのですが、本当にそれが最後になってしまいました。
その前は、メキシコ、フランス、香港と飛び回り、そこから沖縄というハードスケジュール。
76歳という歳にも関わらず、マネージャーも付けずに一人で行動されていた。
フランスの入国審査では、「(この歳で付き人もなくビジネスで入国なんて)ありえない」と言われたほど元気だった。
年賀状の宛名ひとつとってもご自分でされていて、この先あと10年は走れる雰囲気をもっていた。なので、よけいにこの訃報は私だけにとどまらず、多くの方々が衝撃を受けていることでしょう。
作品は常に独創的で、世界のグラフィックデザイン界の中でトップを突っ走っていた。
晩年の作品は、トリックアートに取り組み「日本のエッシャー」と呼ばれていた。
物事は、すべて上から下へと流れて行く。
福田繁雄氏の言葉ひとつひとつが、私たちに流れている。
何よりも世界を相手に戦って来てる文字通り死ぬまで現役だった福田繁雄氏の功績は、作品のみならず、日本中の、いや世界中のグラフィックデザイナーに影響を与えて来たはずです。
その影響を少しでも得ていたのなら、また次の世代にも伝えなくてはいけないと感じずにはいられません。
海外での反応もみつけました。
・Icogradaウェブサイト
http://www.icograda.org/news/year/2009_news/articles1382.htm
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